2010年08月01日

ネジが巻かれた

あれから4年たち、ネジが巻かれはじめた。
偶然じゃない。盲目の配達員が運んでいた手紙が、ちゃんと届いたおかげだ。どうやら盲目の配達員の仕事は手紙を日本に届けるまでで、日本では日本人の配達員が手紙を運んだ。手紙が届いたことを実感し、やっとインドでの不思議な体験が現実だったとわかった。
言葉を交わすだけで充分だと思っていても、もう一度と贅沢を言うのが人間なのかもしれない。そのもう一度が叶い、今はもっともっと言葉を交わしたい、そんな感情が込み上げている。

ネジが巻かれる日がくるとは思っていなかった。その日がくることをもっと強く信じてさえいれば、今とは違う自分がここにいたのだろう。
二年前、僕にも手紙が届いた。羨ましいと書いてあった。この手紙を誰が書いたのか、その時はわからなかった。でも、誰が書いたのか予見はあった。予見は当たっていて、こんなに嬉しいことはないと涙がこぼれた。あのときの約束を少しは守れていると思えた。

「インドの話を聞きたい」と言われることがある。話したくないわけじゃないけど、うまく話すことができない。僕が体験したインドはもうどこにもない。だから僕がちゃんと語らないとだめなような気がする。もっと上手に語ることができれば、相手に残念な思いをさせずにすむのに。

ネジが巻かれるのがあまりにも急すぎて、戸惑っている。次に何をすればいいのか決めかねている。でも、とにかく進みはじめた。やっと動き出すことができる。

相棒のN゙。インドから帰国し、いろいろな活動を共にした。何時間、何日一緒にいても飽きない。よき友と巡り合えたようだ。10月10日には、N゙の誘いで運動会に出場することになっている。楽しみだ。

ほなな
posted by しょごたん at 23:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月25日

後日談

旅の経験を文字に残そうと、日記を書き続け、ブログにまとめた。4章からなるノーフィクションストーリーで、全78話。【♯1~26】は「THEプライドチキンズの相方・N゙と行動を共にした旅の前半で、不思議な体験(#Dr(Ш∂Σ)∠=90°)まで」。【♭1~18】は「ゴアでN゙と別れるまで」。【Å1~19】は「一人旅になってからガヤに着くまで」。【※1~12】は「ガヤでのホームステー生活から日記が白紙になるまで」。正直誤字雑字ばかりの日記で、読み返すのも一苦労の内容になってしまった。まったくまとまりがない文章だが、インドで感じた有りのままを綴れたと思っている。ブログの他に、インドの体験や日本で感じた格差の意識を論文にまとめて発表した。感じたことを文章にする作業は、ほんとうにすばらしい。生涯の宝物になるだろう。

今!!

僕は元気に暮らしている。ちょっとは悩みとか不安とかを持っているけど、なんとか楽しくやっている。
インドで出会った日本人・りょうは、どこで何をしているのかまったく分からない。音信不通だ。
N゙とは、3年経った今でも電話するし、月に数回出会っている。コンビは解散していないと信じている。N゙から学ぶものは実に多く、一緒にいて飽きることがない。N゙が英語を教えてくれていなかったら、僕はインドの土となっていただろう。
インドで出会った盲目の配達員。彼が運んでいたものは、きっと僕が出した手紙なのだと思う。その手紙は、誰に当てたもので何が書いてあるのか、だいたい想像できる。まだ届いていないようだ。僕がもう一度書き直して、直接運んだ方が早いし、そうするべきなのだろう。
手紙が届く日がくるのだろうか。

この3年間、ネジは巻かれていないようだ。
posted by しょごたん at 23:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月27日

同時多発テロ

インド西部ムンバイ(ボンベイ)で11月26日の深夜から27日未明にかけて、少なくとも8カ所で同時多発テロが発生。世界有数の地価を誇る大都市を一瞬にして火と血の海に変えた。
武装集団による犯行で、現地メディアによると、「デカン・ムジャヒディン」を名乗る組織が同日に犯行声明を出していた。
現在、ムンバイ市内の高級ホテルに人質をとって立てこもっており、治安部隊との銃撃戦が続いているという。

今朝になるまでこのニュースを知らなかった私は、画面に映り出された知った建物から煙が出ているのを確認。ただただ驚くしかなかった。

タージ・マハル・ホテルは、インドで一番の高級ホテルで、ホテルの横にはシバの銅像がある公園、前にはインドの門、裏手には日本語が使えるネットカフェ。ホテル前の路地には、麻薬を密売する男が何人もいて、私は2年前、この場所で絵を書いたりして過ごしたのだ。

テロ2.jpg

血の海になったこの写真の場所にも行ったことがある。確かムンバイセントラル駅だ。その横には世界遺産に登録されている建物があったはずだ。この駅は大阪梅田駅のような造りで、写真の奥に映る灯りの1つはマクドナルドである。私とN”はこの場所でハンバーガーを食べたのだ。

テロ1.jpg

テロを闇雲に反対する気はない。彼らにも主張があって、そして行動したのだ。しかし、これだけの人を殺したのだから、立派な大義名分を持っていろよ。じゃなきゃ、あんたらは耳糞以下だ。

先日切れたインドの紐。何かの予兆だったのかもしれない。

インド編♭4〜♭8

ほなな

この記事へのコメント
Posted by N゙ at 2008年12月01日 05:53
テロの前日、僕は久しぶりに写真を見返していた。インドで撮った写真の束を。その日に限って、久々になぜか見たくなったのだ。
そして、ムンバイのインド門の写真が、写真の束の、いちばん上にあった。
虫の知らせか、思い込みか。どちらにせよ、僕にとっては不思議なことだ。

最近、テレビもネットもない生活をしているせいで、情報が乏しい。今回のテロについて、「犠牲者」は何のための犠牲だったのかが気になる。いったいどういう事情に対するどのような感情がタージマハルホテルに火を点けたのか。イスラムがらみか、貧困か。
インドという国は、実にテロの因子を多く抱えている。そのうちのひとつが今回、顕在化したといえるだろう。テロは問題解決のプロセスになり得るだろうか。犠牲者に花は手向けられるだろうか。

Posted by しょごたん at 2008年12月03日 20:44
多くの社会的コンフリクトを抱えているインドでは、何でもかんでも「インドだから」で片付けられる傾向がある。

インドの門の写真に切れた紐、偶然なのか。
posted by しょごたん at 00:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月25日

切れた紐

インドで拾った一本の紐。海で拾ったので、きっと網の切れ端だろう。
切れてしまえば、ただの紐。結んだとしても、ただの紐。そんな紐を大切にしようと、僕は日本に持ち帰った。その紐は、僕の右足首に巻かれて日本列島にやってきた。人はその紐をミサンガと呼ぶ。

インドの紐.jpg

2年以上もの間、僕の右足にくっついて離れなかった。なのに、あっけなく切れてしまった。25日午後4時のことだ。

右足に冷たい風が吹く。足が軽くなったみたいだ。

寒い季節になったな。

ほなな
posted by しょごたん at 16:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月14日

謝辞

最後になりましたが、引用や参考文献として使わせていただいた本や文献の著者の皆様、長年にわたり指導してくださいました先生たち、多くの職員様、クラブや学生自治活動を共にした仲間たち、そしてインドで1ヶ月間苦労を共にした学友N゙の支えがあって論文が完成したことに深い感謝の念を込め、謝辞とします。
posted by しょごたん at 20:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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